自省日記

私の内面観察帳。特に意味は無い。

1日の序盤を浪費してしまう

また近況的なことで恐縮だが、書きたくなったので書く。最近は、大学が春休みで授業がないので、大変自由な生活を送っている。ただ、自由な中にも、自分なりの規律がないと本当に快適というか気分の良い生活を送ることはできないと感じている。

 

最近の私の悪癖は、1日の序盤(朝7時から昼12時くらい)を浪費してしまうことだ。最近は、エスタロンモカを寝起きに即飲むことで、早起きを実現しつつある。まあ、まだ2度寝してしまうことは多いですが、なんとかやっていけそうな予感はある。(ちなみに、生と死 - 便利情報大全でも少し触れましたが、パンセダンのおかげで寝付きも大変良くなっています。また改めてレビューします。)ただ、せっかく早起きをしても、その後かなり長い時間ぼーっとしてしまうのだ。

 

原因は、考えられる限り2つある。

 

まず、私には風呂を夜に入る習慣がない。翌日の朝のパフォーマンスの低さを考えるに、私は絶対前日の夜に入浴を済ませておくべき人間である。ただ、今までが今までなので、夜に風呂に入るのをかなり面倒に思ってしまう。直観的には、夜に風呂に入ることを習慣づけて、入浴に必要な心理的コストを限りなくゼロに近づけるしかないのだとは思う。帰宅してから即風呂に入ることを強制的にするか…。(今思いつきました)実際、帰ってからすぐ入る風呂って気持ちいいですよね。ただその場合、浴槽には漬かりたいので、水道代・ガス代は高くなってしまう。今までの月の水道代・ガス代をそれぞれ2500円・2500円とするとそれぞれ500~1000円くらい高くなる感じだろうか。まあ、それぐらいの出費の増加なら割に合っているかもしれない。うん、そうしよう。


【追記】やっぱり、帰ってきてすぐは足が痛いので、足の痛みがひき次第すぐということにします。その間に、翌日の服を用意しとけば良いかな。あと、考え事してしまって寝れない時は素直にすぐパンセダン飲もう。朝のコーヒーは、飲みたくない時は飲まなくて良い。

 

次の原因として、タスクに向かう前にダラダラしてしまうことが挙げられる。(というか、原因になってない気が…。まあいいや。許してください。)私は、低血圧のせいだかなんだか知らないが、寝起きの悪さなら全国大会に出場不可避なレベルで寝起きが悪い。(でも、ホテルとかの自宅以外の場所だと、滅茶苦茶寝起き良いんだよな。多分、他人の気配が周りにする場所だと、本能的に生命の危険を感じて自宅ほど熟睡しないのだと思う。まあ、私、基本的に人間を信頼していませんし。)そのせいか(いや根本的に寝起きが悪いせいで)、ベッドから出た後も何もやる気が起きない。朝ごはんを食べたり、顔を洗ったりしなくちゃいけないのはわかっているけど、本当にやる気が起きないし体も動かない。ひたすら虚脱状態でネットサーフィンをしたりYouTubeを見続けたりしてしまう。(特に、前日に入浴をしていないときは「入浴する」というタスクが上乗せされるので、虚脱状態が酷くなる。)普段はある程度の時間で何とか区切りをつけて作業に向かうことができるが、酷い日は本当に酷い。5時間ぐらい平気でドブに捨ててしまう。ちなみに私は、時間を無駄遣いすることには比較的肯定的ではあるが、それは自分でメタ認知できている状況下のみでの話である。つまり、「これからダラダラするぞー」という自分の気持ちなしにダラダラすることには否定的である。

 

ああ、すごく長々と書いたけど、この原因にはどうやって対処したら良いんだろうか。これも入浴の話と同様に、習慣づけでどうにかすべき問題だというのは直観的に分かる。あとは、そこに少しでも自分が楽しいと思えるような要素をプラスすることが必要だろう。起きて即散歩に行くとかカフェに行くとかは不可能だ。外に行くのは私にとってハードルが高すぎる。布団に戻って2度寝することも防ぎたいので、着替えからのコーヒーが最適解だろうか。着替えだが、寝起きにすぐ着替えると何故か焦りが生じて目が覚める気がする。(多分、小・中・高で親に叩き起こされて即着替えていた時の名残です。)歯磨きと洗顔もすべきだろうけど、やったところで2度寝できるので後回し安定だ。最悪、カバンに歯磨きセットとフェイスタオルをぶち込んでおいて、外出時に必要に迫られてやれば良いだろう。そのぐらい私は重症なのだ。

 

原因2つは以上だ。とにかく、寝る前と起きた後の習慣づけをする、そこにできればささやかな楽しみポイントを加えるとなお良いという感じだろうか。ただ、習慣づけは有用ではあると思う一方、習慣づけによって日常が腐敗してしまわないかという不安感はある。習慣づけられた生活を送っているふとした瞬間に、「こんな人生クソだ!あああああ!全てを捨てて旅に出たい!」となるアレだ。でも、未来のことは分からない。一方で、習慣づけしてない人生を今クソだと思ってるのは、紛れも無い事実だ。なら、「クソだ」と思った時に考えればいいや。私の頭は、未来予知できるほどハイスペックではないのだ。

 

本編はここまでです。本当に、こういう他人にはどうでも良い事項をああでもないこうでもないと考えて文字に起こす能力に関しては、私は無駄に才能に満ち溢れているなと感じる。あと、さっき気づいたけど、この前の近況 - 便利情報大全にも習慣づけの似たような話書いてるじゃないか。ある作家の小説を沢山読んで、「どれも同じこと書いているな、少しは違う面白いこと書けよ」と生意気にも思ったことがある私だが、私も人のことは言えない。反省している。